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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)625号 判決

昭和五六年(ネ)第五七二号事件被控訴人、同年(ネ)第六二五号事件控訴人(第一審原告) 株式会社ヤエスブラザー

右代表者代表取締役 伊藤増吉

右訴訟代理人弁護士 重富義男

同 古山昭三郎

同 森田健二

同 木村孝

右訴訟復代理人弁護士 金子正嗣

昭和五六年(ネ)第五七二号事件控訴人、同年(ネ)第六二五号事件被控訴人(第一審被告) 有限会社ウエスト

右代表者代表取締役 西本雅子

右訴訟代理人弁護士 富永義政

同 菊池祥明

同 太田耕造

主文

一  昭和五六年(ネ)第五七二号事件について

1  原判決中控訴人(第一審被告)敗訴部分を取消す。

2  被控訴人(第一審原告)の主たる請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  昭和五六年(ネ)第六二五号事件について

本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  第一審原告

(第五七二号事件について)

本件控訴を棄却する。

(第六二五号事件について)

1 原判決中第一審原告敗訴部分を取消す。

2(一) (主位的請求)

第一審被告は、第一審原告に対し、金九〇六万八八一一円及びこれに対する昭和四九年四月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) (予備的請求)

第一審被告は、第一審原告に対し、金四四六万五七八八円及びこれに対する昭和四九年四月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第一審被告

(第五七二号事件について)

主文中右事件に関するものと同旨

(第六二五号事件について)

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一(但し、原判決五枚目裏末行に「三二五万二七二八円」とあるのを「二六六万五七八八円」と改める。)であるからこれを引用する。

一  第一審原告の補足的主張

本訴各請求は、民法四四条一項に基づく損害賠償請求である。

すなわち、第一審被告代表者西本雅子は、第一審被告が藤富あるいは佐藤に対し金員返還請求権を有するにすぎないことを充分知悉していたにもかかわらず、藤富及び佐藤がいずれも無資力であったことから、同人らに対する貸金の回収に窮し、急拠、第一審原告に対する本件仮処分申請の被保全権利があるかのごとき虚偽の事実関係を捏造したうえ、第一審被告代表者として、その訴訟代理人に対し、右虚偽の陳述をし、同代理人をして本件仮処分申請をさせるに至ったものであるから、右西本の行為は第一審被告代表者としてその業務に関して行った違法行為であり、第一審被告は、民法四四条一項に基づく不法行為責任を免れるものではない。

二  右主張に対する第一審被告の答弁

争う。

三  新たな証拠《省略》

理由

一  引用にかかる原判決事実摘示中請求原因二の事実は当事者間に争いがない。

そこで、第一審被告代表者西本雅子に第一審原告において主張するような第一審被告の業務に関して行った違法行為があったか否かについて検討するに、西本雅子が、第一審原告に対する本件仮処分申請の被保全権利があるかのごとき虚偽の事実関係を捏造したうえ、第一審被告の訴訟代理人に対し、右虚偽の陳述をし、同代理人をして本件仮処分申請をさせるに至った旨の第一審原告の主張事実はこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

却って、《証拠省略》を総合すると、次の(1)ないし(4)の各事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。

(1)  不動産の取引及び金融等を業とする第一審被告は、同種の事業を営む藤富の代表者佐藤三郎の懇請により、藤富に対し、昭和四八年三月中旬ころ本件不動産の買付資金の内金として金九〇〇万円、昭和四九年一月ころ千葉県九十九里浜所在の土地の買付資金として金一五三〇万円をそれぞれ貸付け、その借用証書代りに藤富から、前者の貸付については藤富振出の約束手形四通(金額合計金九〇〇万円)の、後者の貸付については藤富振出の先日付の小切手四通(金額合計金一五三〇万円)の各交付を受け、第一審被告の代表者西本雅子は、右貸付金については右各土地が他に売却されたとき適当な利益をつけて返済する旨の佐藤三郎の言を信じていた。

(2)  西本雅子は、佐藤三郎と昭和三四年ころからの知合いであり、そのころから同人と不動産及び金融の取引をしていたものであるところ、同人は、昭和四七年四月二一日藤富を、同年九月八日同種の営業を営む藤丸をそれぞれ設立し、前記貸借当時同人が藤富と藤丸の代表取締役であったが、特に藤丸は第一審原告の子会社であり、藤丸の取締役伊藤静江、同長島昭子は、それぞれ第一審原告の代表取締役伊藤増吉、同長島完爾の妻、藤丸の監査役田島定夫は第一審原告の取締役であって、藤富と第一審原告との間に出資、経営上の共同関係は存しないものの、藤富は藤丸の取引上の仲介をし、藤丸は藤富に仲介料を支払っていたものであり、しかも藤丸が昭和四八年二月一日本店を移転するまでその本店所在地はもと同一室内にあってドアのガラスに並んで表示され、佐藤は、自己の名刺に藤富と藤丸の代表者であることを併記し、右両者がいずれも第一審原告の関連会社もしくは子会社である旨を公言していたものであり、西本は右のような外観上の関連性からもその旨信じていた。

(3)  佐藤は、昭和四九年二月中旬ころ、藤富振出の手形を不渡りにし、藤富を倒産させて行方不明となり、そのため藤丸は一時休業状態になったが、長年にわたる取引から佐藤の言を信じ込んでいた第一審被告としては本件不動産の所有名義が当然藤富になっていると思っていたところ、佐藤の右失踪後、本件不動産の所有名義が昭和四八年四月二七日付で藤丸になっていることが判明した。しかし、西本は、右は藤富の債権者からの追及を免れるため登記簿上所有名義が藤丸となっているにすぎず、右登記はその実体を欠くものと判断し、登記名義を藤富に回復した後、然るべき措置をとりたいと考え、昭和四九年三月、藤丸が本件不動産の名義人となっていることを奇貨として他に処分することがないように藤丸に対し法的措置をとってもらうよう第一審被告代理人に右事情を説明して依頼し、これを受けて同代理人において藤丸を相手方として本件不動産につき処分禁止の仮処分申請をし、同月二六日その決定を得たところ、本件不動産につき同月一五日付で同月一四日付売買を原因として藤丸名義から第一審原告名義に所有権移転登記が経由されていたためその執行が不能となり、そのため、さらに同代理人において、西本の前記事情説明に加えて藤富の債権者からの追及を免れるため第一審原告名義に所有権移転登記が経由されたものである旨の西本の説明から、第一審原告が本件不動産の所有権を取得する謂れはなく、その名義は藤富に回復されるべきものと判断し、被保全権利を藤丸の第一審原告に対する登記名義回復請求権(ただし第一審被告が藤富に対し有する貸金債権に基づき藤富の藤丸に対する登記名義回復請求権を代位行使し、かつ第一審被告が藤富の右登記名義回復請求権に基づき更に藤丸の第一審原告に対する藤丸の右権利を代位行使するとするもの)として、第一審原告を相手方とする本件仮処分申請をし、本件仮処分決定を得たものである。

(4)  なお、本件仮処分異議訴訟において、債権者代理人は、被保全権利を藤丸の第一審原告に対する登記名義回復請求権(ただし第一審被告が藤丸に対して有する貸金債権又は損害賠償債権に基き藤丸の右権利を第一審原告に対し代位行使するもの)と改め、当該裁判所は、第一審被告が藤富に対し貸金債権を有するにすぎず、本件不動産の所有権を学友から取得したのは藤富ではなく藤丸である旨の事実を認定したうえ、結局本件仮処分申請は被保全権利の疎明がないことに帰するとの理由で本件仮処分決定を取消す旨の判決をし、第一審被告において控訴しなかったため、右判決が確定した。

右認定の事実関係からすると、第一審被告の代表者西本がその代理人に説明したところは、西本において真実と信じ込んでいた事実をそのまま話したものであり、また同人においてかく信じたことは、それまでの長年にわたる佐藤との取引並びに藤富、藤丸、第一審原告の三者の関係が佐藤において西本に説明していたものと外観上も一致するところが多々あったところからすると、まことに無理からぬものがあったというべきであって、同人において、第一審原告に対する本件仮処分申請の被保全権利がないのにあるかのごとき虚偽の事実関係を捏造してその代理人に右虚偽の陳述をし、よって同代理人をして本件仮処分申請をさせるに至ったものではないことが明らかであり、また、第一審被告が委任した訴訟代理人の本件仮処分申請及び本件仮処分決定の執行に際し、被保全権利の不存在を知りえなかったことについて第一審被告には過失もなかったものというほかはない。

なお、被控訴人は本件仮処分申請をするに当って控訴人の代理人であった弁護士重富義政らに故意過失があったと主張している訳ではないから、この点は判断の対象にならないのは当然であるが、仮りに右故意過失があったとしても、仮処分申請代理人たる弁護士と申請人本人との間に民法七一五条の関係がある訳ではないし、その他本人が申請代理人の故意過失につき責を負うべきであるとする法理はない。

したがって、第一審被告の本件仮処分の申請及び本件仮処分決定の執行は、結局不法行為とはならないから、第一審原告の第一審被告に対する主位的請求及び予備的請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  以上の次第で、第一審原告の主位的請求及び予備的請求はいずれもこれを失当として棄却すべきところ、これと一部結論を異にして主位的請求の一部を認容した原判決は右説示の限度で失当であり、第一審被告の本件控訴は理由があるから原判決中第一審被告の敗訴部分を取消して第一審原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却し、なお、第一審原告の本件控訴はもとより理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 寺澤光子 寒竹剛)

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